キネマレンズ 6

ギャンブルのように輝いた一夜 ─ キネマレンズ、進化の証明
時を戻そう。2025年3月2日、大阪・FootRock&BEERS。
結成から間もないバンド キネマレンズ が、大阪予選を制した。
だが私はその瞬間を見ていない。届いたのは「無名の新人が優勝した」という断片的な情報だけだった。
「何者だ?」──半信半疑のまま迎えた準決勝、阿倍野ROCKTOWN。そこで初めて彼らの音を聴いた。
1曲目「君のいない世界」。イントロから一気に引き込まれる。
ラストの「うたかたドライブ」では、王道ポップスをまったく新しい切り口で提示してみせた。
その瞬間「このバンドは化けるかもしれない」という予感が確かにあった。
しかし、この夜を忘れられない理由は別にある。
──キーボードのダンパーペダルが接続されていなかったのだ。
ペダルは音の余韻を支える命綱。繋がっていなければ和音はすぐ途切れ、演奏は不自然になる。普通なら焦り、演奏が崩壊する。 だが、Aivviyは違った。
彼女は即座に奏法を切り替え、和音をレガートで粘り、指を鍵盤に残した。
次の音に飛び込む瞬間にはアルペジオや装飾音を差し込み、音の空白を埋めていく。
まるで「ペダルがそこに存在するかのように」──指先だけで響きを創り出した。
観客の多くは気づかなかったかもしれない。
だが舞台袖から見ていた者には、彼女が驚異的な集中力で状況をねじ伏せていたことがはっきり分かった。
キネマレンズの楽曲を作り、演奏を支えるAivviy。その冷静さは、ハプニングすらアートへと昇華させていた。

セミファイナルのラスト曲には、やっとキーボードペダルを繋ぐことができ、演奏に気を取られずマイクパフォーマンスに集中出来たであろう安堵のシーン
後で知った原因は、PAスタッフの怠慢だった。
転換時に彼女が「モニターを返して確認したい」と求めたが、「PAミキサーに音が返っているから問題ない」と突っぱねられたという。
一瞬でもモニターを返せば、未接続にすぐ気づけただろう。
正直に言えば、もし私のライブで同じことをされたら──演奏後にPA席へ怒鳴り込んでいたに違いない(笑)。
結局ペダルが繋がったのはラスト曲前のMCの合間。
それまで彼女は、何事もなかったように演奏を成立させていた。
とはいえ、この日のステージは完璧ではなかった。
リズムは乱れ、走ったり遅れたりする場面も多い。
まだメンバーの音がひとつに定まっていない印象だった。
それでも、確かな光はあった。
Aivviyの冷静さと、楽曲そのものの強さによってステージは成立し、結果は2位通過。大阪FINALへの切符を掴んだ。
──「このバンドはここで終わらない」。
危うさの奥に、そう確信させる何かがあった。

PAの確認ミスによりダンパーペダルが効かないという演奏事故に直面したAivviy。
それでも和音をレガートで粘り、指を鍵盤に残しながら次の音へ飛び込む瞬間にはアルペジオや装飾音を差し込み、音の空白を見事に埋めていった。
セルフダンパーペダルさながらの高度なテクニックをさらりとやり遂げた、その一瞬。
大阪FINAL
そして迎えた大阪FINAL。あの夜、私は“進化”の瞬間を目撃することになる。
オープニング。準決勝ではメローな「君のいない世界」で始めていたはずが、この日は違った。
突如鳴り響いたのは「Crazy Night」──70年代ディスコをEDMポップに仕立てたような挑戦的ナンバーだった。
「この曲を最初に?コンテストに勝つためじゃなく、ライブを楽しませようとしている!」
心の中で思わず叫んでいた。
「うたかたドライブ」すら凌駕する大箱パーティーチューン。
目まぐるしいリズム、難解なグルーヴ。それを正面から叩き出す演奏。
前回あれほどバラバラだったリズムが、なぜここまで仕上がったのか?
その答えは、ドラマーN.aliceの耳にあった。イヤフォン──同期音源だ。
プロですら数ヶ月の準備を要する手法を、わずかな期間で導入し、全員が一糸乱れず演奏していた。
私は悟った。キネマレンズの強さは楽曲だけではなかった。
自分たちの弱点を分析し、修正するために必要な情報を掴み、導入を即決する判断力。
そして、それを実戦に活かす対応力。
オープニングで響いたファットなシンセ音は、海外EDMアーティストさながらの鳴りだった。
普通なら「失敗せず無事に終えること」を第一に考えるだろう。
だが彼らは違った。挑戦することで会場を楽しませようとしていた。恐るべしバンドだ。
キネマレンズはコンテストに勝つポーズなど取らなかった。
観客を裏切らず、自分たちの音を真っすぐ届けることこそが大切だと、静かに示していた。
その証拠に、彼らはすでに“プロの片鱗”を見せていた。

普通なら、決勝の舞台で出来立ての新曲を披露するなど誰も考えない。
それをあえてオープニングに持ってきたのが、キネマレンズの「Crazy Night」だった。
この楽曲は、これまでのキネマレンズのレパートリーにはなかった、冒険心に満ちた挑戦作。
EDM要素をふんだんに取り入れ、複雑に跳ねるビートが飛び交う難曲である。
しかし、その響きはとても洗練されており、決勝に向けて積み上げてきた練習量と覚悟を雄弁に物語っていた。
ファンの存在
それを象徴する出来事が、大阪FINAL当日の開演前にあった。
友人と会場入り口で待ち合わせをしていたとき、すでに30分前から40メートルを超える長蛇の列ができていた。
そこに駆け込んできた、ひときわ目を引く二人の女性。
「キネマレンズを観に来たんですが、間に合いますか?」
今にも泣き出しそうなほど真剣な表情だった。
私は答えた。
「昼から来ていますが、ここまでの行列は初めてです。先ほど知人は並んでから入るまで25分かかったと言っていました」
すると彼女たちは安堵し、「名古屋からキネマレンズを観に来た」と話した。
その後も福岡から来た男性グループが列に加わっていった。
その光景を見て気づかされた。
──「キネマレンズを見つけたのは自分だ」と有頂天になっていたのは、ただの勘違い。
彼らはすでに各地で熱量ある“本物のファン”を掴み始めていた。
ファンは、好きなバンドに無条件の愛を注ぎ、時間もお金も惜しまない。
キネマレンズはその入口に立ったばかり。だが、その信頼に応える姿勢を、すでに見せていた。
そして1時間半後、キネマレンズは大阪FINALを制した。
若い頃、私は思っていた。
「ライブ演奏はギャンブルのようなものだ」と。
そして「ライブハウスこそ最高のギャンブル場だ」とも。
その夜、キネマレンズは見事にその賭けに勝った。
短期間での進化、演奏と音の厚み、そして余裕すら纏った姿。
会場全体が震えた。
──漫画か映画かと錯覚するほどの一夜。
その瞬間、私は心から理解した。
「この進化を証言し、このドラマのような物語を書き残さなければならない」
気づけば、私は完全にキネマレンズに心を奪われていた。
QynemaLens:
(読み キネマレンズ)2024年に大阪で結成された3人組ユニット。
EDMの先鋭的なサウンドと邦楽ポップの叙情性を融合し、シーンの常識を軽やかに越える音を鳴らす。
結成からわずか数か月で世界最大級のバンドコンテスト「エマージェンザ大阪決勝」で優勝を果たし、実力と共感を同時に証明した注目の存在。
この特集では、彼らが生む革新の音楽と、その奥に宿る誠実な衝動を解き明かす。